事業所起業を決めてから、無事開業にこぎつけるまでに必要なことは何か? 家族や周囲の人間からの理解、勤めていた職場からの円満退職、そして勉強すべきこと等々…介護現場に実際長く勤め、起業を決意し事業所を立ち上げた経験をもつ筆者が、自分の経験からアドバイス。10回にわたる連載では起業における大切なポイントを解き明かしていく。1回目は若山克彦氏による開業管理。
高校を卒業してから、会計の専門学校に2年間通いました。
専門学校卒業当時、特にどんな仕事がしたいとか、そういったことは恥ずかしながら何もありませんでした。ただ、高校生のころからの漠然とした夢として、「起業したい!」という想いが不思議とありました。
卒業後、20歳から勤めた会社はブライダル関係の営業職でした。営業の仕事はプレッシャーも強く、精神的にも体力的にもとても大変で、5年ほど勤務したのちに退職しました。25歳になってからの就職活動は、正直言って精神的にもつらいものがありました。
やりたい仕事が明確にはなく、ただただハローワークに通う日々……自分の存在意義を見失ってしまいそうな状況に陥りました。
ちょうどそんなとき、介護保険制度が始まり、知り合いの方からヘルパー2級の取得を勧められて資格を取りました。少しでも社会の役に立ち、人から感謝される仕事ができれば、という思いから私は一歩を踏み出したのです。
元々は介護の仕事に興味があったわけではなく飛び込んだ介護業界でしたが、ホームヘルパーとして初めて担当した利用者さんとの出会いが、介護を生涯の仕事にしようと私自身を変えるきっかけとなったのです。
その利用者さんは男性の方で、まだ60代の若い人で、ALSという難病でした。ヘルパーの資格を取りたての新人の私が、ケアチームの一員として支援に入るには、正直プレッシャーもありましたが、その方のケアに最後まで関わらせていただくことになりました。
利用者さんはまだ若かったため、病気の進行が早く、1年後にご逝去されてしまったのですが、そのときに奥様からいただいた、「主人は、若山君のことをとても応援してたのよ。これからも頑張ってくださいね」という言葉が心に刺さりました。
介護の業界に入ったとき、私は自分がお世話をして「ありがとう」と感謝される仕事だと思っていましたが、実際は利用者さんのほうが大先輩で、新人の私を応援して育てようと最後まで思っていてくれたとわかったのです。「ありがとう」と言われるのが目的ではなく、むしろ、私たちのほうこそが、人生の大先輩からいろいろなことを学ばせていただいているんだ。「ありがとうございます」というのはむしろ自分のほうであった、と目が覚めました。なんて自分はおこがましいんだろう、と思い至ったのです。
この出来事がきっかけで介護の仕事の奥深さを感じ、自己成長ができる素晴らしい仕事だと気づきました。
先輩や同僚に恵まれたのも、介護の世界にのめり込んだ大きな要因の一つです。さらに幸運だったのは、利用者の皆さんと縁あって出会い、関わることができた点です。
そこで初めて、学生のころからの漠然とした、「何かで起業したい」という想いが、「介護業界で起業したい!」というはっきりした夢に変わりました。
以降、私はすべてに対して貪欲でした。
介護保険制度の勉強から日々の業務、介護周辺の取れる資格取得(福祉住環境コーディネーター2級・ガイドヘルパー・介護事務・介護福祉士・介護予防運動指導員・社会福祉主事・介護支援専門員・認知症実践者研修など)など、すべて自己成長のためと考え、努力を惜しみませんでした。
なかでもいちばん力を入れたのは、利用者さんとのコミュニケーションです。ここでは、たくさんのことを学ばせていただきました。
その後、訪問介護員から始まり、訪問介護事業所所長、通所介護職員、生活相談員、管理者、支店の立ち上げ、介護支援専門員……とさまざまな現場を経験しました。そして2013年の4月、37歳のときに、突然、何の後ろ盾もないまま起業し、小規模のデイサービスを開業したのです。
起業するにあたり、きっかけはありました。
実は、介護の業界に出会ってから、いつかはこの世界で起業したいという想いは強かったのですが、いつ起業するかのタイミングが私のなかではぼやけたままでした。介護の世界のことを貪欲に学び、経験を積み、キャリアを重ねていくなかで、コツコツと資本金をためて準備をしてはいたのですが、一歩踏み出す決断がなかなかできずにいました。
そんなあるとき、他社で仲の良かった友人が起業の挨拶に来たのです。これが、私の心の中にくすぶっていた夢に、火が付いた瞬間です。
友人がとてもキラキラして見えたんです。
それが2012年の春で、そこから、起業に向けての私の動きは速かったです。
まず、一番最初にしたのは、妻への相談でした。正確に言うと報告に近かったような気がします。そのとき、私には2001年に結婚した妻と、子供が二人、小学4年の娘と保育園年長の息子がいました。起業するにあたり、安定した生活環境から不安定な生活に変わるリスクがあって、妻に反対されるかな? とも思っていましたが、起業の話をしたところ、私の予想とは逆に妻は二つ返事で賛成してくれて、一緒に手伝うとまで言ってくれました。とてもありがたかったです。
周囲の友人たちからは、安定した生活から不安定な生活になるのに、よく奥さんが賛成してくれたね、と言われました。改めて、妻になぜ賛成してくれたのかと聞いたら、妻はあっけらかんと、「昔からずっと起業するって言ってたでしょ」と笑顔で言いました。
もし、起業を考えている方で家族をお持ちの方は、応援してもらえるととても心強いですし、実際に起業した際には、さまざまな困難が間違いなく訪れ、そのときに一番支えになるのは家族の存在です。家族の応援が得られるように日々仲良くしておくことをお勧めします。
勤めている会社を退職する際は、円満退社ができるよう極力つとめることが大事です。
当時、私は責任者をしていたので、退職する半年前に会社には起業する旨を話しました。当時勤めていた会社の社長には、入社時から将来は自分で起業したいという夢を話していましたので、話を聞いたときにすぐに気持ちを汲み取ってくれました。
それ以降は、退職後、会社に迷惑がかからないように引き継ぎに努めました。
ここでワンポイントアドバイスをするならば、起業する際に利用者獲得の不安があると思いますが、勤めていた会社の利用者を勧誘しないことです。利用者さんの意志でどうしてもという方もいらっしゃる場合もあるかもしれませんが、利用者を取った、取らない等の言い争いの原因にもなり、後々、大変になる場合があります。
どの業界も同じだと思いますが、業界内の世間は狭いので、感情的になって会社ともめて急に辞めたりすると、業界内で悪い噂になって仕事がやりにくくなってしまうこともあります。ですから、できるだけ円満に退職することをお勧めします。
そして、退職するまでの間にできるだけ勉強しましょう。
よく耳にするのが、「簿記を勉強しましょう」という言葉ですが、実際は会計ソフトを使うとほとんど日常で簿記は使いません。損益計算書や貸借対照表や決算書の見方くらいは知っておいたほうがよいかもしれませんが、これも税理士の先生が教えてくれますので、そんなに心配しなくても大丈夫です。
それよりも経営マネジメントの勉強をすることをお勧めします。現場の第一線今まででどんなに活躍していても、それだけでは通用しません。
社長業は別物で、今まで経験したことのない課題が次から次に出てきて、誰のせいにもできない事実と向き合う覚悟が必要となります。そのときのために経営とは何かを勉強しておくことはとても大切です。
勉強の仕方にはいろいろあります。
さまざまな経営者の書いた書物を読むのもよいですし、経営セミナーを受けるのもしかり、先輩経営者から話を聞かせてもらうのも一つの方法です。
私は起業の決心をしてから、区が主催していた起業セミナーに半年ぐらい仕事が終わってから通いました。内容はドラッカーのマネジメントがベースでした。とても参考になっただけでなく、そのときともに学んだ起業仲間や、先輩起業家の方たちとの出会いもとても勉強になりました。
開業支援サービスなどを利用するのもひとつの方法でしょう。起業する前や開業する前に、経営者になるための、やっておくべき準備まだまだたくさんあります。
次回は、融資についてお話しします。